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ルワンダの涙

Shootingdogs
点数: 90点
原題:Shooting Dogs(犬を撃つこと)
公式サイト: http://www.r-namida.jp/index.html
映画館: TOHOシネマズ六本木
劇場: スクリーン3
監督: マイケル・ケイトン=ジョーンズ
主演: ジョン・ハート 、ヒュー・ダンシー 、クレア=ホープ・アシティ 、ドミニク・ホルヴィッツ 、ニコラ・ウォーカー 、ルイス・マホニー
製作国: イギリス、ドイツ (2005年)

ストーリー(最後まで記載されているため、知りたくない人は読まないでください)
海外青年協力隊でルワンダに教師として派遣されて来たジョー(ヒュー・ダンシー)は、国連軍が駐留している教会の敷地内の学校で、イギリスとは違う時間の流れを楽しんでいた。
ルワンダで30年以上神父として活動しているクリストファー神父(ジョン・ハート)とジョーは、ある夜遠くで爆撃のような音がするのを聞く。
それ以外も町のあちこちで銃声が聞こえ、数十年前のクーデターのときと同様だと神父は当初思ったが、実は事態はもっと申告だった。
国連軍の指揮官のデロン大尉が神父のところにやってきて、門の外にたくさんの難民があふれているという。
神父はすべての難民を敷地内に入れる。
ジョーが、自分の生徒の一人であるマリーが無事かと、マリーの家まで行くとマリーの家も周りの家も空っぽだった。途中でBBCテレビの記者と出くわすと、彼らの目の前でフツ族がツチ族を斧で皆殺しにしたと言う。
あわてて学校に戻ったジョーは、そこにマリーとマリーの家族が非難して来ているのを知りいったんはホッとするが、2000人を超える難民に加え、ルワンダ国内にいた白人達まで非難してきて、食料や燃料の問題に直面する。
門の外には多くのフツ族の民兵が、ツチ族を殺そうと群がっていた。
国連軍の救済を待つ身に届くのは、よその国がルワンダにまったく興味を示していないという事実ばかり。
家具を燃やして燃料にしてきたが、その燃料も切れ、国連軍はとうとうこの場から撤退すると言う。
ジョーは学校を後にし、神父は白人の中でただ一人難民達とともにそこに残った。
国連軍が去った後、神父の目に飛び込んできたのは、学校で使っていたトラック。
乗せれる限りの子供達を荷台に乗せ、シートをかぶせ国連軍の車の後を追った神父だったが、途中で民兵の検問に止められる。
荷台に隠れていたマリーは様子が変だと気づき、民兵に気づかれないように子供達を荷台から逃がす。神父の様子を伺っていたマリーの目に映ったのは、神父が小さい頃から知っているフツ族の男によって銃で撃たれた神父が崩れ落ちる姿だった。
5年後、無事に生き残ったマリーはイギリスでジョーを探し出し、何故あの時ジョーが自分達を置いていったのかたずねる。「死ぬのが怖かったんだ」と告白するジョーに、「そう」とうなづくマリーだった。


<感想>
『ホテル・ルワンダ』を観てもあんまり感動しなかったが、この映画はかなり訴えるものを感じた。
違いは何か?
その理由は、映画の中でBBC記者が、「ボスニアでは死んでいる女性を見て、自分の母親がああなったらどうしようと悲しくなったけど、ルワンダでは同じ感情がわかない」と言ったのと似ていると思う。
つまり、『ホテル・ルワンダ』は、ルワンダ人が主人公でルワンダ人の目から見た虐殺が描かれているが、この映画は他国の人間が他国の常識で見たルワンダ人の虐殺を描いている。
つまり『ホテル・ルワンダ』でルワンダ人が、どうやって虐殺から逃れようかと考えることは、私が知っている常識とは違うので共感できなかったが、この映画は外国人の目から虐殺がいかに非人道的なことか、無力な自分が虐殺されようとしている人間をどうやったら助けられるか、という視点で描かれているので、私にはこちらのほうがかなりわかりやすかったのではないだろうか。
映画の登場人物に共感して泣く映画は多々あるが、この映画は世界から見捨てられた人たち、虐殺される人たちに対する同情の気持ちで本当に涙が出た。
こんなに可愛そうなことがあって、いいのだろうか?
今ルワンダは一体どうなっているんだろう?
あんな憎みあった仲でも、仲良く共存できて行けるのだろうか?

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